
観音さまがご降臨されてから、わたしの人生は大きく変わっていきました。 先ず、それまでの生活を捨て去らなければ事は成せないと考えました。仕事もやめ、母親という立場も、妻という立場も一切を捨てて専念しなければならないという固い決意をしたのです。でもすべてを捨てるということはできませんでした。とりわけ母親という立場は、人間をこの世に誕生させた責任においても捨てることなどできるわけがありません。 たとえ心を鬼にしたとしても、心が鬼になってしまった人間に何ができるでしょうか。さまざまな苦悩が重なりましたが、幸いなことに子供たちが理解を示してくれました。 最初は、私一人だった観音さまの信者が、いつの間にか後ろに子供たちが座り、人々が座り、読経の声が広がってきたのです。そしていろいろな方面に縁がつながり、その中から観音さまを信奉し、、私の立場を理解してくださり、支援や協力をしてくださる方々が続いていました。どんなに困難な状況の中に在っても、いつも観音さまから目を離さず、常に前向きに、正面からぶつかって事を進めていくように心がけていますと、その時々に必ず、協力をしてくださる方が現われました。 いつしか孤軍奮闘ではなく、多くの方々に支えられていることに気付き、一人で他人を救うという、自分に対する気負いがなくなってきたのです。 現代の世には、将来の不安を抱えた若者や孤独に打ちひしがれている老人など、形は違っていても、人間はみんな苦しみや悩みを抱えて生きている事を知りました。そうした人々の支えになるように生かさせていただいていることに、無量の感謝が湧いてきます。 目を転じれば、世界中に不安を抱えながら生きている人々がいるのです。地球のどこかで戦争のため命の危険にさらされている人々。飢餓で食べるもの一つも得られない人々。災害で家を失い家族を失い悲しみに暮れる人々。教育を受けたくても貧しさ故に学校にも行けず働かなければならない子供など、さまざまな苦境の中で多くの人々が生きているのです。 日本も昔は戦争が続き、貧しい時代がありました。すでに過去のこととして忘れ去られ記憶している人々も少なく、その苦しさが遠のいています。でもいつ巡ってくるか分かりません。 どこの国に行っても、子供たちの目は輝いています。でも目の輝きを失ったり、鋭い目の子供たちが目に写ることもあります。そういう子供たちの目が安心に満ちたやわらかな眼ざしに変わることを心より祈ります。赤ちゃんのバブバブという声は世界共通の声です。世界中の人々が平和を唱えれば不可能なことではないでしょう。人は一人では生きられません。いろいろな人と人種の壁を超えて理解し助け合える世界。それこそが観音さまのご祈願の、世の中の人々が救われる世界ではないでしょうか。 それが叶えられますよう、心よりの祈りを捧げてまいります。 合 掌
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